#軽井沢から通勤するIT系会社員のブログ

2015年4月から軽井沢-東京で新幹線通勤中。遠距離通勤やテレワークの話題を中心に綴ります。軽井沢移住の裏話も。

文京区から軽井沢に移住して失ったもの

長野県北佐久郡軽井沢町にIターンをしたのが2015年の4月。2017年9月現在で、もう2年半ほどが経とうとしている。早いものだ。

 

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信州での生活はいいこともあるが、東京での生活を思い出すと、失ったものも多いことを実感する。

 

ちなみに以前住んでいたのは、東京都文京区の東京大学の近くだった。

 

 

大学キャンパスの中を散歩したり、ちょっと足を伸ばして根津神社、谷中の夕焼けだんだんはすぐ近く。休日には、小石川植物園、巣鴨、LaQua、本郷三丁目、秋葉原、上野公園なんかは思い立ったらすぐ出かけたりできた。東京駅にもバスで一本だったので、ショッピングにも困らなかった。職場にも自転車で通勤ができるくらいだったし。

 

そんな生活から、軽井沢でも山奥のエリアに移住。もちろん東京に新幹線通勤しているので、会社生活にはさほど変化はないものの、プライベートの日常生活は180度変化した。

 

移住はいろいろなもののトレードオフなので、変わるものがあるのは当然といえば当然。今回はそんなIターンの経験を、東京にいたときから「失ったもの」という視点でまとめようと思う。 

 

 

 

 

1,お酒

移住をして一番大きい変化はこれだろうか。とにかく、お酒を飲まなくなった。

 

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そもそも駅まで車なので、お酒を飲むと運転ができず、家に帰ることができない。ちなみに妻はレーシックの手術をしており、夜間視力が悪いので迎えに来てもらうことができず。

 

もともとそんなに大酒飲みでもなく、健康診断で肝臓が引っかかることが多いので、これはむしろ良かったのかもしれない、と思うようにはしている。

 

また、東京駅を22時8分に出る北陸新幹線が終電になるので、飲み会(お酒は入れられないが)に参加するとしても、せいぜい一次会まで。

 

もちろん遅くなる機会が全くゼロになったわけではなくて、これは大事だろうと思う仕事関係の会食とか、その人と本当に時間を過ごしたいと思う友人や仲間との飲み会とか、そういうときには思い切って東京に宿を取って泊まってしまう、ということはある。ただ、その頻度は、多くても月に1−2回程度だろうか。

 

無駄な飲み会になりそうだな、と感じると断ることが多いので、付き合い悪くなっていると思われているけど、まあしょうがない。

 

 

2,深夜のラーメン

お酒を飲まないので、必然的に22時以降のラーメン屋に寄ることもなくなった。あの背徳感のある一杯が今は懐かしい。

 

 

とにかく夜遅く暴飲暴食をすることは、まあなくなった。軽井沢にもラーメン屋はあるが、そもそも深夜に開いている店がなくて、だいたい夜8時か9時でだいたい閉まってしまう。。

 

3,夜遊び

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六本木で夜まで飲み歩いたり、渋谷のクラブで踊り続けたり、飲んだあとのカラオケボックスで叫んだり、そういう遊び方をしなくなった。

 

もちろんキャバクラや風俗に行く機会もない。たまに東京に泊まるときはあるのだけれど、23時をすぎると眠くなってくるし、だいたいそういうときは翌日の早朝に仕事が入っていたりするので、早く寝てしまう。

 

以前、月イチでラジオに出ていたことがあって、そのときは都内に前泊していたんだけれど、六本木のJ-Waveに翌朝7時半集合とか。

 

 

生放送だから寝坊できない緊張感があるし、そりゃあ早寝するわ。。

 

ちなみにこれは余談だけれど、早起きしすぎて変なテンションになった日もありました。まあラジオだし見えないからいいよね・・

 

  

4,ショッピングの習慣

東京に住んでいる人間にとって、消費をすることはエンターテイメントである。

ちょっと歩けばコンビニがあるし、ドラッグストアがあるし、デパートがある。

 

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都市は消費を促す構造になっている。消費と近接して生きる環境では、どうしてもその誘惑に負けて何かしら無駄なものを買ってしまう。

 

断捨離がもてはやされている時代。捨てることはできたとしても、新しいものを買わずにいることは、都会では難しい。消費トレンドが定義され、新しい商業施設が次から次へ作られ、新しくできたレストランに行った経験がソーシャルメディアでいいねを獲得している。都会では、何を消費したかによって、その人のアイデンティティが作られている。

 

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一方で信州には、そのような誘惑スポットが少ないので、そういった資本主義のルールに従わなくても、生きることに満足を得ることができる。信州で消費をする喜びは、例えば直売所に行って地元の農家さんの野菜を買うことだったり、隠れ家的な美味しいレストランを見つけて通い詰めることで、そのお店の営業を応援することだったりする。 

 

直売所に行けば、簡単に地産地消できるしね。

  

これに関して、ちょっと話題になったツイートを紹介。地元で消費をすることは、その地元の人達に経済援助をしていることになる。

 

スターバックスに行って新作を試してSNSに投稿するよりも、地元で素敵なカフェを見つけて、通い詰めるほうがずっと楽しくなった。

 

ちなみに軽井沢から20分ほどの小諸市というところには、こんな素敵なカフェもある。東京から移住された木工職人のご夫婦が入れてくれるコーヒーは、温かみがあっておいしい。

 

5,ジムのメンバーシップ

 

ジムには行かなくなった。

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都内に住んでいたときに行っていたのはエスフォルタというジム。ここはハイエンドのジムで、プールやサウナもあるし、着替えなどは貸してくれるし、最新のマッサージチェアもあったりしたのでとても快適だった。都会に住んでいたら今でも通っていたと思う。

 


 

ただし信州に住むと、こういったジムに行かなくとも、十分に運動したり、からだをメンテナンスできる機会がある。たとえばこれを積み上げるとか。 

 

それから、週一回、サークルに入ってバドミントンをしている。バドミントンは1回500円程度。薪活はタダ(道具代はかかるが)。

 

ジムにあったサウナやマッサージチェアなどのリラクゼーションに関しては、温泉に変わった。週1回程度、入浴する機会を作れば、身体もさほどこわばらないし、殆どの温泉施設にはサウナもあるのでリフレッシュできる。入湯料は1回500円程度なので、気軽に行けるし、なにより信州の雄大な自然を眺めながらリラックスできる時間は東京では得難いものだ。

 

 

 

6,ステータス系の消費

東京で生きることは、自分のステータスを高めていくゲームなんじゃないかと思うことがある。

 

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  • たとえば、アパートからマンションへ、マンションからタワーマンションへ。
  • たとえば、23区郊外から23区内へ、23区内から山手線の内側へ、山手線の内側から高級住宅街へ。
  • たとえば、メイド・イン・チャイナからメイド・イン・ジャパンへ、メイド・イン・ジャパンからメイド・イン・イタリーへ。

 

自分も東京に住んでいた頃には、いい物件に住みたいし、住みやすい場所に居を構えたいし、いい服を着ていいものを持ちたかった。今でも東京に住んでいたとしたら、そういうものに価値を感じていると思うし、クオリティ・オブ・ライフを上げてくれるものだと思う。

 

ただし、信州に住むとそういう価値観が抜けてしまう。

  • なぜなら、そもそも高い建物がない
  • なぜなら、どこに住んでいるかについてさほど優劣がつかない
    (旧軽井沢などのブランド別荘エリアに拘る人はいるけど自分はあまり気にしていない)
  • なぜなら、かっこいい服をスマートに着こなせる季節が限られる
    (冬は極寒なのでモンベル一択だったりする)

 

信州に住むと、ステータス系の消費というのは、せいぜい、いい車に乗りたいとかになるのかなあ。ただ軽井沢みたいな寒冷地で定住するとなると、冬の凍ったアイスバーンを駆け抜けないといけないので、スバルのAWDが最強な気もするんだよなあ。

 

まあとりあえず、何を言いたいかというと、ブランド物を買わなくなったということです。

 

結論:信州移住とは、東京ヒエラルキーの外に出るということなのかもしれない

ここまで書いて思うのだが、東京の生活を捨てるということは、長く培われてきた東京(あるいは都市)での価値観の延長線上にある消費行動を捨てることなんだと感じる。

 

余談だが、デヴィッド・フィンチャーが監督した映画 「ファイトクラブ (1999)」に「生きるということは消費をすることだ」という一説がある。

 

www.youtube.com

  

"We’re consumers. We are the byproducts of a lifestyle obsession."

"We buy things we don’t need with money, we don’t have to impress people we don’t like."

- Tyler Durden

 

都市は消費を生み出す装置だ。どんなものに消費をするかによって、資本主義のヒエラルキーのどこに属するかは定義されてしまう。生活の中で欲望を刺激され、本当は必要のない服を買わされ、ソーシャルメディアに投稿することを目的として流行りのレストランで食事をする。

 

もちろん、それらの消費行動が本質的に意味が無いことは、なんとなくわかっている。自分もそのように感じていた一人だった。けれども、都市に住んでいると、そして住み続けていると、その価値観から逃れることが難しくなってしまう。

 

信州に住んで本当に失ったもの。それは、都市生活の習慣ではなく、都市生活で体に染み付いていた価値観だったかもしれない。

 

 

  

このブログを読んでくれる人は、信州に限らず、どこかに移住を考えている人が何人かいるのではないかと思う。移住を考える際には、多かれ少なかれ、変化に対して恐怖心を抱くことががあると思う。そして、その恐怖とは、失うことに対する恐れである。

 

ただ、失うことは、ネガティブな経験なのだろうか。今だとうまく気づくことができるのだが、自分の生活の中には、無駄になっている習慣もあるということだ。とくに消費という習慣が、都市に飼いならされると、からだに染み付いて離れない。一方で、移住という大きな環境の変化を経験すると、そのあたりの習慣を一度ゼロベースから考え直すことができる。

 

断捨離の本や特集を読んでみたり、ジムのメンバーシップを購入したり、ベランダで植物を育てたり、自己啓発のセミナーに行ってみたりしても、そういった価値観の中だけで生きていることに気づかず、一生を終えていたかもしれない。

 

信州に限らず、田舎に移住するということは、そういった都市の価値観を客観視することだと思う。

 

 

 

 

 

 

今回はなんか久しぶりに真面目な記事を書いたけど、読者の方はこれを読んでどんな感想を持つのだろうか。よければFacebookTwitterにご意見ください。

 

ともあれ、このブログ記事が、いつか誰かの役に立ちますように。

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このブログについて:とあるIT系企業に勤める会社員が、軽井沢から東京に新幹線通勤して、きちんと仕事がまわるのかを実験している記録です。新幹線通勤しようと思った背景はこちらの記事に書いています。

 

 

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